江戸をつらぬく破魔の弓矢
ミステリー作家Kの事件簿(file2)
10月25日/11月13日

 10月25日10時 千代田区観光協会集合。

 昨日、Kが残したメッセージである。

 現在、10月25日9時55分、九段下駅から徒歩6分、千代田区観光協会の入り口の前に僕たちはいる。360度見渡しても、Kの姿はない。いつものことだ。この程度では驚かない僕たちだ。が、「Kさんですか?」と突然声を掛けられギョッとする。振り返ると、ランドセルを背負った少年が。。いや、リュックを背負った、少年と見間違うような小柄な男性が立っていた。

「僕、“金田一少年の事件簿”の大ファンなんです」
「はあ」
「全巻揃えてます!」
キラキラした目でアピールされるが、僕たちはKではない。

 10時、千代田区観光協会が運営する観光案内所の自動ドアが開く。Kではないことがわかると、明らかに僕たちへの興味を失った彼は、スタスタと中に入ってしまった。僕たちは急いであとに続く。今のところ手がかりは、金田一ファン、と名乗った彼だけなのだ。

 千代田区観光案内所の中は、様々な言語に翻訳された千代田区のガイドブックが置かれ、壁には、千代田区の魅力満載のポスターがたくさん貼られていた。ふと、1枚のチラシに目が留まる。ピンク色が基調で、ひときわ異彩を放っている。大きなポスターの中でも(A4サイスにもかかわらず)明らかに(いい意味で)浮いていた。
レイアウトの中心にはデザインされた、“江戸をつらぬく破魔の弓矢”の文字。そして “家康が残した壮大な加護と謎”のキャッチコピー。。。

 元凶は・・・これか!

「家康の謎に興味がおありですか?」
「いいえ!」
 声を掛けてくれた千代田区観光案内所の女性スタッフが固まっている。
 昨夜のトラウマなのか?思わず大きな声で否定してしまった。

 その声を聞いて、奥から、穏やかそうな男性スタッフが現れた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。家康の謎と聞くと、つい拒絶反応を起こしてしまうようで・・・」  って、どんな人間だ?自ら不審者です、って名乗っているのも同然じゃないか。  「すいません!大きな声をだして」と小さな声で頭を下げる。
「もしかして、歴史監修の方ですか?」
「いえいえ。僕たちは人と待ち合わせしているだけで」
 歴史監修?うつむいたままで頭をひねる。
「Kさんですよね?」
「えっ?」思わぬ展開に、思わず顔をあげてしまった。
「Kさんからお聞きしています。あっ、申し遅れました。私、千代田区観光協会のTと申します」差し出された名刺を受けとりながら、僕たちは、恐る恐る尋ねる。
「あの~それで、Kはなんと?」
「自分の代わりに歴史監修の人間を使わすと」
「つかわす?歴史の、監修をですか・・・」
「はい。今回の歴史監修は、家康の謎を解く事そのものであると」
「歴史監修が、家康の謎を解く事そのもの・・・よくわからないのですが」
「私もよくわかりません」にこやかにTさんは言った。

「謎解きをすれば家康の謎も解けるということじゃないでしょうか?」
 横から、先ほどの金田一ファンの男性が口をはさんできだ。彼の名前は、Nというらしい。聞けば、金田一ファンが高じて、金田一の謎解きゲームを作ったことで、Kと接点が出来たそうだ。それで、今回のプロジェクトに参加することになったのだが、Kとは一度も会った事がなく、時々、Kの関係者からK手書きのFAXが送られてきて、そこに描かれたオーダーと向き合って今日にいたるとのことだった。

  「“謎解きをすれば家康の謎も解ける”と先ほどN君は言ったけど、その理屈は解るよ。でも、“歴史監修が家康の謎を解く事そのもの”とは何かニュアンスが、というか根本的に違わないかな?」 「違いますね。明らかに」
「そうだよね。そもそも、歴史監修って、歴史の専門家が、これは歴史的に正しいとか、違うとかいうやつだよね?普通」
「普通は、そうですね」
「では、なぜ、歴史監修が家康の謎を解くそのものってなるんだろう?」
「さあ。今回の歴史監修が普通じゃないからじゃないですか?」
「まあ、Kだからな」
「はい。K先生ですから」
 気が合った。そうなのだ。少なからず、Kと付き合ったことがある人は、普通じゃない事になれていく。

「いずれにせよ、その理由は、これから解ると思いますよ」とニヤリとした。
 ゾクッとした。Kのニヤリが憑依したかのようなニヤリ。見かけコナンの雰囲気を持つN君だが、金田一好きが高じると、たとえ、Kに会ったことがなくても、何かしらKの影響を受けてしまうものなのだろうか。

「では、こちらを」とN君は僕たちとTさんに3枚の紙を渡す。A4ふたつ折りにした、色彩豊かな紙である。それぞれの表紙には「紀尾井町ノ書」「大手町・丸ノ内ノ書」「神田・御茶ノ水ノ書」とある。

 古文書ではないことは明らかだが「これは?」とN君に聞く。「とある地から発掘された三冊の古文書です」と僕たちの確信はサラリと否定される。

 更に、「こちらの”遊び方“をよく読んでいただき」と“謎解き説明書”と書かれた1枚の紙が渡された。その紙の見開きページには、“遊び方”の他に、“江戸の町に家康が隠した、壮大な謎解き”のキャッチコピー。
 そして「とある歴史書には、家康は鬼の邪気が入り込まぬよう、”江戸に鬼除けの矢を刻んだ“と記されている。そして、とある地から、“破魔の弓矢”の文字と暗号が散りばめられた、三冊の書物が発掘された。家康はどのようにして江戸の町に矢を刻んだのか、その背後には、いったいどんな思惑があったのか?この三冊の書物を紐解けば、明らかになるかもしれない!」

 昨日、熱くKが語った言葉がまるっと載っていた。

「では、皆さん。これから謎を解いてもらいます。そして、何が解けないか、なぜ解けないのか。率直なご意見をください。それから」と僕たちを見て、N君はこう続けた。

「歴史監修の方には、なぜこんな謎を作ったのか?そちらの検証もお願い致します」

 ほどなく、僕たちは、電車で御茶ノ水駅に移動することになった。道中、Tさんにどうしても聞きたい事があり、まずは、当たり障りのない世間話「やっぱり、千代田区にお住まいなんですか?」と切り出してみた。
 Tさんは神奈川県から電車を乗り継いで通勤されているらしく、話題は、Tさんが利用されている路線の話へと転じた。と、ここでN君が割り込んできた。その路線はですね、と熱く語りだす。その熱弁は、御茶ノ水駅に到着するまで続いた。話終えたとき、N君は、「僕は、電車の事が大好きなんです」と満足げに笑った。
 どうやら、N君が大好きなのは金田一だけではないようだ。Kもそうだが旺盛な好奇心は、謎解きに関わる人間の必須条件なのかもしれない。

 結局、Tさんに聞きたいことを聞きそびれてしまったが、それは後にするとして、改めて基本的な質問をしてみた。
「あの~今日これから、何をするのでしょうか?」
 Tさんは、一瞬だが「えっ?この人たち大丈夫?」という顔をしたが、すぐに穏やかな表情を取り戻し「私もよくわかりません」とにこやかに答えた。
 ここで、僕たちも「えっ?」となったが、次の言葉を聞いてその意味を理解した。
「謎解きゲームをやるのは初めてなもので、デバックというものがどういうものなのか、さっぱりでして」
 そうですよね~と相槌をうちながら、頭の中は、高速で、謎解きゲーム?デバック?という単語と格闘していた。

 御茶ノ水駅に着くと、N君は「では、“神田・御茶ノ水ノ書”を開いて手がかりをさがしてください」
 手がかり?あっこれか。
「御茶ノ水橋口の改札を背にして右手にある閉じられた鉄の門に手がかりあり」
 鉄の門?あっ、シャッターね。また、なんで、こんな持って回った言いかたを?
「古文書ですから」
 僕たちが抱いた疑念を見透かしたようにN君が釘をさす。

 シャッターに何やら貼って「では、こちらのQRコードを読み取ってください。あっ、商標なので(“QRコードは(株)デンソーウェーブの登録商標です”という一文を記載しないといけないので)、今後は、二次元コードといいます」というN君の説明に、Tさんがうなずく。



 というわけで、二次元コードを読み取り、現れた指示に従い、(N君がいうところの)古文書に書かれた謎を解いた。
「特に解らなかったことはないですね?」と聞かれ、僕たちとTさんはうなずく。

「では、次の目的地に向かいます」というN君の号令を受け、(N君がいうところの)古文書に書かれた地図をたよりに、僕たちとTさんは、次の目的地、御宿稲荷神社まで歩くことになった。

 15分強という感じだろうか、下り坂なので、苦も無く御宿稲荷神社にたどり着いた。
 手がかりのありかは、「赤き鳥をくぐり、社を正面にして左側、黒き柵に手がかりあり」とある。先ほどの御茶ノ水駅に較べて、古文書らしくこなれた表現に思える。
 N君は、鳥居の前で一礼して、境内に入ると、おもむろに取り出した二次元コードを柵にくくり付けはじめた。
 御茶ノ水駅では、駅員さん立ち合いのもとだったけど、ここには誰もいない。それに何か罰当たりな気がして「大丈夫なんですか?」とTさんに聞いてみた。
「大丈夫です。ちゃんと許可はとっています」
 さすがに観光協会、ぬかりがあるはずはない。



 その後、御宿稲荷神社の謎を解き、続いて、三番目の謎に挑むことになった。

 三番目の謎は、一番目の謎と二番目の謎の答えがないと解けない。そして、今までの謎と違い、冊子を折り紙の要領で立体的に加工して、答えを導き出す必要があった。若干、手間取ったものの、意外と簡単にクリアできた。コツをつかめば、特に難しい謎ではない。

 三番目の謎の答え、最後の謎を解くために行くべき場所が判明した。

 ここで問題が発覚した。三番目の場所は、御宿稲荷神社からより、御茶ノ水駅からの方が近いらしい。
「歩くとどれくらい違いますか?」
「個人差がありますので、御茶ノ水駅からだと6,7分。ここからだと20分から25分というところですかね」僕たちの問いに、土地勘のあるTさんが答える。
 随分と違う。
「しかも、行きは下り坂で、帰りは登り坂ですから」
 明らかに帰りの方がきつい。
「それに、一度行った場所に戻る、という流れも少し気になります」
 Tさんの指摘はもっともだ。心理的にも、一度行った場所に戻るのはきつい。流れから考えると行く順番は逆の方がいい。つまり、最初に御宿稲荷神社に行って、次に、御茶ノ水駅に行けば、この坂を往復する必要はなくなる。
「土地勘のない人をサポートする何か手立てがあればいいのですが」
 Tさんは、街を観光する人の立場でモノを考えている。さすが、観光協会の職員だ。
「推奨コースを作ったらいかがでしょう?」
 この発言に対し、しばし黙していたN君が切り込む。
「この書の他に、あと2つの書があります。その前に、どの書のエリアにいるのか?また、どこで古文書を手にするのか?皆さん、必ずしも、御宿稲荷神社の近くにいるとは限らないので、却下です」と僕たちの案は浅はかな案だと断じた。が僕たちは挫けない。
「じゃ、せめて、地図上の御宿稲荷神社の番号を1。御茶ノ水駅の番号を2とすれば、人の習性として1から始めませんかね?」
「いいでしょう。ただし、古文書ですから、番号は漢数字で一、二となります」
 そうなのだ。この冊子はN君にとって、あくまで古文書なのだ。
 ここで、僕たちとN君のやり取りを見ていたTさんが指摘する。
「では、三はどうしますか?」
 そうなのだ。三の場所は、謎三の答えそのもの。地図上に、答えを明確なポイントとして示すわけにはいかない。

 で、あれこれ思案した結果、三の場所は、枠で示すことになった。「この枠の中に最後の謎を解く手がかりはありますよ~」と小声でささやく感じで。また、地図を見た人が「なんだ。御宿稲荷神社より御茶ノ水駅の方が近いのか」と推測できるように。

 最後の謎を解き明かすには、細く尖ったものが必要だった。僕たちは、ペンを持っていたので、問題なかったが、持っていない人は、苦戦するだろう。よって、“謎解き説明書”の遊び方に、その必要性を書くべきか否かと議論になったが、古文書に解答マスがあるので、皆、ペンか鉛筆を用意するはず。なので、特に注意事項として記載する必要は無い、となった。

「デバックってこういうことなんですね~」とTさんは自分が何をやっているか得心が行ったようである。僕たちも、よく解らないまま参加したものの、何かを成し遂げた感があった。

 スタートから1時間半。いよいよ、最後のキーワードを報告するときがきた。古文書に印刷された二次元コードを読み取る。何が明らかになるのか!少しワクワクする。古文書に二次元コードというあり得ない組み合わせも、もはや気にならない。気付けば、僕たちは謎解きゲームを楽しんでいた。

 CLEAR
 英語?いや、気にならない。江戸時代にも英語を話す人間はいたのだ。

 COMING SOON

 何も明らかにならず、少し落胆する。

「ここに歴史監修の人の原稿が入ります」

 もう一度、目を凝らす。
 見間違いではない。

「あの~この画像に書かれている言葉の意味はどういうことでしょうか?」
「正解したという意味です」N君が答える、
「いや、その下の文章なのですが」
「文字通り、歴史監修の方が書いた原稿を入れるスペースです。ただ、まだその原稿が届いていないので、COMING SOONとしています」
「やはり、そういう意味でしたか」
「11月10日スタートですから、印刷物ではないので、ギリギリまで待つとして、デザイナーの作業もありますから、遅くとも11月8日には原稿を頂きたいですね」

「歴史監修の方には、なぜこんな謎を作ったのか?そちらの検証もお願い致します」
 N君の言葉を思い出していた。そういうことか。
 なぜ、そんな謎を作ったのか?
 そんなことはKに聞いてくれ!

『わしの残した謎がほどけぬと申すのか?』

 何やら声がした。声がした方を振り向く。視線の先にはTさんの上着。秋だというのに、今日も暑い。そこにTさんが皆に飲み物の差し入れを持って戻って来た。思い出した。そういえば、Tさんに聞きたい事があったのだ。



「その上着のポケットからのぞいている物ですけど・・・」
「あっ、これですか?千代田区観光協会観光大使のリラックマです」
「もしかして、その恰好は、武将か何かですか?」
「そうなんです。家康風のリラックマなんです」
「つかぬ事をお聞きしますが、その家康の格好をしたクマさんは、リラックスして思わずしゃべったりするのでしょうか?」
「まさか、ただのぬいぐるみです」
「ちょっといいですか?」と、そ~っと手を伸ばす

『さわるでない』

「今、しゃべりましたよね?」
「おかしいですね」
「ところで、ずっと気になっていたのですが、なぜ、その家康の格好をしたリラックマをこのデバックに連れていらしたのでしょう?」
「あっ、これは以前、Kさんにプレゼントしたものなんですが、本日早朝に、宅急便で送り返されてきまして。歴史監修の仕事ぶりをみたいから、今日のデバックに連れて行ってくれというメモと一緒に」
「なぜ、それを最初に教えてくれなかったんですか」
「といわれましても」
「歴史監修の仕事を観察するぬいぐるみなんて、初めて聞きましたよ。そもそも、送り返されたぬいぐるみを持っていけ!と言われておかしいと思わなかったんですか?」
「いえ、とくには。Kさんって噂通り、面白い方だな、と思ったくらいで」
まただ!誰もおどろかない。普通じゃないことしても、おかしなことを言っても、Kだと誰もが納得してしまうのだ。

 僕たちは、千代田区観光協会観光大使のリラックマに、仕込まれた、超小型ワイヤレス・スピーカー兼マイクを取り出した。これは、おそらく、Kが「ブラッディ マンデイ」執筆中に、資料として闇ルートから仕入れた軍用品の一部だろう。ペアリング先である電波受信装置は、今回の謎解きエリアの基地局をハッキングしている可能性が高い。Kなら、それくらいはやってのける。

  が、これで、Kの監視能力は、ある程度、削がれたはず。でも、こんなことで、諦めるKではない。というか、今回は、今までと違う意味で手が込んでいる。

 その時、僕たちのスマホ」に着信。Kだ!意外とシンプルにコンタクトしてきたが、油断は禁物だ。

「歴史監修が家康の謎を解く事そのもの、の意味は解ったか」
「デバックに参加して、謎解きゲームのエンディング原稿を書け、というところまではな」
「ほ~う。なんだ?謎解きゲームの仕事でもしているのか?」
 ふん。どこまで白を切るつもりだ。
「まあいい。それを最後までやり遂げる事だ。そうすれば、歴史がお前たちに語り始める。それをどう解釈するか?それは、お前たち次第だ。では、存分に歴史監修を楽しむがよい」

 そこで、電話が切れた。

 Tさんが、千代田区観光協会観光大使のリラックマを手に心配そうに近づいてきた。
「あっ、すいませんでした。観光大使を粗末に扱って」
「いえ、特に損傷もしてないので。それはいいのですが、これなんですかね?何かのメッセージだと思うんですけど」
 Tさんの手のひらに、リラックマの切手。

「これがなにか?」
「裏に数字が書かれているんです」
 見ると、11月13日とある。
「これ、11月13日、丸ノ内のKITTEで行われるイベントのことじゃないかと」



 11月13日

 僕たちは東京駅からKITTEに向うことにした。KITTEは、旧東京中央郵便局の局舎を一部保存・再生し建築された商業施設だ。ターミナル駅前の一等地に郵便局、かつて鉄道輸送が郵便の中心であった事を物語っている。

 13時50分
 煉瓦造の東京駅とは対照的に、外壁は白い磁器タイルを貼り装飾のない合理的な建造物が見えてきた。解体を免れたモダニズム建築の名作と、創建当時の外観を忠実に再現した重要文化財。今、この美しい対比が拝めるのも、歴史の不思議である。

 14時00分
 地下1階にある東京シティアイに到着。なんだかすごい人だかりである。Tさんの姿を見つけ、声をかける。
「あっ、来ていただけたんですね」
「ええ。来ないと何のことだかさっぱりわからないもので」
 そう、僕たちはこの場で、何が行われるのか知らされていない。

 10月25日。僕たちは、Kの指示により、謎解きゲームのデバックに参加していた。その時、あれこれあって、家康の格好をしたリラックマの兜から出てきた切手の裏に書かれた日、つまり今日11月13日。KITTEでイベントがあることをTさんから知らされた。
 ところが、
「あっ、すいません。今の事は聞かなかったことにしてもらえますか」
「はあ?イベントがあること、をですか?」
「ええ」
「なぜ?」
「これ(家康の格好をしたリラックマ)が宅急便で送り返されたときメモがあったといいましたよね」
「歴史監修の仕事ぶりをみたいから、これをデバックに連れて行ってくれ、とかいう」
「そうです。そのメモにはもう一つメッセージが」
「Kからの、という意味ですね」Tさんは頷き、僕たちは先を促す。
「“いくつか謎を仕掛けてあるが、それは歴史監修の皆さんにお任せください”と」
「つまり、“家康の格好をしたリラックマの中に謎があり、それを僕たちに解かせろ”と」
「おそらく」
そこでTさんは言葉を切り、そして申し訳なさそうに続けた。
「私が謎を解いてしまったばかりに、皆さんのお立場が困ったことに…」
「いえ、僕たちには、困る立場とか、特にないですから」
「すいません。皆さんの見せ場を奪ってしまって・・・」
「あの、何か勘違いされているようですが、僕たちに必要ありませんから。見せ場とか」

 という訳で、今日、ここで、何が行われるか僕たちは知らない。が、Kが用意した新たな謎に遭遇する、という見当はついている。それを裏付けるように、Tさんの胸ポケットには、家康の格好をしたリラックマ。しかし、今日はさほど気にならない。なぜなら、ここに集まっている皆が、思い思いのリラックマを手にしているのだ。

「それにしても、すごい人ですね」
 その時、歓声が上がった。
「皆さんのお目当てが出てきます」Tさんが指し示す方向に、皆が一斉にスマホカメラを向けた。
「あれは・・」僕たちは、思わず声を吞みこむ。



 そして、唖然とその姿を目で追った。と同時に、皆が手にしているリラックマの意味を理解した。

「良かったら、前の方へ」
 とTさんに促され最前線に立つ。目の前にいるのは、

 巨大化した千代田区観光協会観光大使・・・



 その陰から見覚えがあるポスター



 あれは、千代田区観光協会で異彩を放っていたチラシ・・・

どういうことだ!ここでは、何もかも巨大化している!
そして、巨大化した観光大使が巨大化したチラシに向かって思わぬ行動に出る。



 呆然とする僕たちの横で、Tさんがにこやかに言う。
「この後、撮影会ですけど、参加されますか?」
 僕たちが丁重にお断りしたのは言うまでもない。その後、Tさんは、小さなリラックマを手にしたお客さんと巨大化したリラックマの記念撮影のカメラマンとなった。

「謎解きのPRイベントは大成功です」
 そうなのだ。リラックマは千代田区観光協会観光大使なのだから、千代田区観光協会主催の謎解きイベントを盛り上げるのは、決しておかしなことではない。

「あっ、肝心な事を忘れていました。謎解きゲームも完成しましたので」
 と、Tさんはラックからチラシを取り上げた。


 好評販売中!?
「はい。あちらのカウンターで購入できます。いかがですか?」



 なぜ、歴史監修として参加した僕たちが、その成果も知らされず、お金を払って謎解きキットを買わなければならないのか。いや、そんなみみっちいことを言いたいのではない。

『不服があると申すのか?』
 Tさんの胸ポケットの家康の格好をしたリラックマから声が聞こえる。
『どうせ“なぜじゃ、なぜ、わしらが身銭を切らねばならぬのじゃ”などと思っておるのであろう』
「ちがう」
『ほ~う。違うと申すか。しからば、わしらの書状の行方は?』
「そうだ」
『案ずるな。お主らの書状、しかと受け取った。されど、足らぬのじゃ。わしの謎をほどくには存分ではない。謎をほどきたくば、古文書を携え、先に進むがよい』

 チラシには、監修Kとある。
 そういうことか・・
 Kの企みは、この中に込められているわけだ。

 僕たちは、カウンターに行き謎解きキットを購入した。

 Kに送った、あの原稿のその後を知るために。
 あるいは、Kのいう家康が残した謎を解き明かすために。

 謎解きキットを購入すると、白い封筒を渡された。ピンクを基調にした、そして中央に“江戸をつらぬく破魔の弓矢”のロゴ。チラシと同じデザインが印刷されている。
 中には、“謎解き説明書”と“3冊の書”。表紙を見る限り、10月25日にデバックで渡された書と同じ物に見える。
 だが、デバックの修正が反映された結果、見開きページは、レイアウト変更が行われ、各段と見やすくなって(古文書から遠ざかって)いた。

 まだ、デバックの時は、古文書と言える体裁を保っていた。とはいえ、二次元コードが描かれた古文書など存在するわけがない。が、少なからず、謎解きの世界に没入した僕たちは、そんなことは意に介さない境地に達していた。そう、二次元コードを読み取るまでは。。。

 そうなのだ。二次元コードを読み取り、
 COMING SOON
「ここに歴史監修の人の原稿が入ります」
 という文字を見て、あの時、僕たちは、現実に引き戻されたのだ。

 それから、締め切りまでの約2週間、僕たちは歴史書を読み漁り、徳川家康が残した謎(いや、Kの目論みというべきか)について思案した。
 そして、11月8日、導き出した結論を原稿にしてKに送った。

 おそらく、その原稿は、この謎解きキットに落とし込まれている。やっと、僕たちの役割、歴史監修としてデバックに参加した意味が判明するのだ。

 そして、僕たちは、二次元コードを読み取り、導き出したキーワードを入力する。僕たちにとっての最後の謎、原稿の行方を求めて。

 果たして、スマホの画面に現れたのは、もはや原形を留めない、僕たちの原稿の成れの果てだった。

 な、なんだ、これは!

 僕たちの2週間の成果、3冊の古文書のエリアにまつわる歴史的考察は、ばっさり削られている。

「な、なんだってー!」
 僕たちの内なる絶叫に呼応するように、Tさんが叫んだ。
「どうしました?」
「今、連絡が入り、千代田ノ書が、残り数冊になったみたいで」
「あっ、それは大変ですね。まだ、開催して間もないのに」
「はい。うれしい悲鳴です。帰ってすぐに増刷の手配をしなくては。では、これで失礼します」

 僕たちは、Tさんの後姿を見送りながら、何か大事なことを聞きそびれたような、そんな不安にかられていた。

 あっ、そうだ!

 白い封筒の中を改める。「紀尾井町ノ書」「大手町・丸ノ内ノ書」「神田・御茶ノ水ノ書」の三冊とそれに「謎解き説明書」。どうみても「千代田ノ書」など見当たらない。

 僕たちは、先ほど謎解きキットを購入したカウンターに行き、
「あの~千代田ノ書が入ってないのですが」
 カウンターの女性は「それはコチラでは手に入りません」と小声で答える。
「では、どちらに行けば?」
「それはお伝えできません」とまた小声で答える。
 なんと不親切な!それに、なぜ、そんなにこそこそとしゃべるのだ!と女性を見ると、とても困ったような、申し訳なさそうな表情をしている。
 なぜか、僕たちも申し訳ない気持ちになり、
「あの~すいません。何か気に障るようなこと聞きましたでしょうか?」
「いえ、とんでもございません。こちらこそ、色々お答えできずに申し訳ありません」
 と平謝りだった女性は、僕たちのスマホ画面を見て、にわかには信じがたいと言った表情で
「あら!お早いですね。先ほど購入されて、まだ10分と経っていないのに」
「いや、これには訳があって・・・」
「そちらの画面の下の方をご覧になりましたか?」
「えっ?」

 スマホの画面を見る。そこには、僕たちの原稿の成れの果てが表示されたままだが、画面を下にスクロールしてみると、

 さらなる秘密に挑戦

 とあった。

 な、なんだって!


<これは、事実に基づかないノンフィクションです>